【コラム】犀の角

投稿日:2018年6月1日 更新日:

テレビ、新聞や週刊誌では、「モリカケ問題」と「アメフト問題」が取り上げられています。

どのような立場の者も、服を脱げば同じひとりの人間です。社会的立場や役割などの服を脱いで、男だ女だという性別や肉体も脱いで、なにが残るのか。そこに表れる純粋性・自分にとっての本当のこととは何か、試される時が人間にはやってくるようです。

 

「モリカケ」にしても「アメフト」にしても、他人を断罪するような言葉を、人はどうにも軽々しく言ってしまうようだと学ぶことができます。

悪態をつくことも、口で悪く言うことも、心に思うこともよろしくないのだなと。

たとえば、自分は出身していないからといって特定の大学を悪くは言えません。まわりにはその大学出身の方もいらっしゃるかもしれませんし、友人が実は…となるかもしれない。その言葉がそのまま自分にも返ってくる。性的マイノリティも、国籍も同様です。

誰かを傷つけることはしないのだと誓いたいものです。誓っていたとしても、やってしまうときはやってしまうからこそ。身体に出る前に、口に出る前に、こころに思う前に止めておきたい。慈しみを持ちつづけたい。

 

加害者となった学生の記者会見。彼は、アメフト部所属の人間という立場と、アメフト部など関係ない人間彼自身という立場として、会見に臨んだように私は受け止めました。

アメフト部所属の人間としては、どのような指示があったのかを話しました。そして、人間彼自身としては、謝罪をしたい。この二つが学生の会見を貫いていたように思います。

あの記者会見で見つめなければならないのは、人間彼自身としての行いでありましょう。

憎い恨んでいる・だれかを断罪しよう・おとしめよう・責任を転嫁しよう…このような言葉は一切なく、ただ人間彼自身が自分を見つめ続けているという事実のみでした。
ひるがえって、広報部による発表や監督コーチの会見は、「立場」からの発言しかなかったような・・・。

このことから、人はどうにも「立場」を大切に思ってしまう、「立場」から抜け出ることが難しいようだと学ぶことができます。

肩書や立場も大切です。八百屋さんや会社員、部長や平社員。立場がなければ社会がまわりませんし、生活もまわりません。

ただし「立場」とは便宜上のものにすぎないようです。さまざまな役割を人は担っていますが、会社では部長でも、家に帰れば息子だったり…。

人はみなそれぞれの立場に動かされている。しかし、『立場屋』になってはいけない。

僧侶への戒めの言葉に、「人が偉いのではなくて、座が偉いのだ」があります。

服の中身が偉いのではない、お前さんも気をつけなさい。その座が自分そのものとイコールだと勘違いしないように、と。

肩書や立場からのふるまいを期待されるからこそ、自分がその座とイコールであると勘違いして『立場屋』になってしまう。

 

仏教のはじまりをつくった人、お釈迦様。彼は小国の王子でした。世の無常を悟り、出家をします。

その出家とは、ただ単に家を出て、修行に入るということではありません。

立場から離れて、自分にとってのほんとうのこととは何か。試される時が来たということです。立場や肩書を捨て去って、性別もなくして、絶対的な個を持っていけるかどうか。

円覚寺では宝物風入といって、所有する軸などを一般公開していました。雲水はその手伝いをしますが、松平不昧公による『慎独』の巨大な書があったことを覚えています。四書五経の「大学」にある言葉です。

独り慎む。

だれかの言葉に「独りでいる時は、大勢といる時のように振る舞い、大勢といる時は、独りでいる時のように振る舞うことが大切である」があります。

また、ブッダの言葉~スッタニパータ(第一蛇の章、三 犀の角)には、こうあります。

学識豊かで真理をわきまえ、高邁(こうまい)・明敏な友と交われ。
いろいろと為になることがらを知り、疑惑を除き去って、犀の角のようにただ独り歩め。

サイの角は一本しかありませんし、群れでは行動しないそうです。かといって完全に孤独ではサイも生きてはいけません。つまり、なれ合わない。優れた友との交流は大切であるとのことです。

人が真に人間であり続けるには、所属する組織・立場・役割の位置にありながらも組織の言いなりになるのではない。人の間に生きるものとしての独立性・自立性を護持しているかどうかが問われます。

組織や役割に縛られない、わたくしの命に潜むほんとうのところ。ここを試される機会が、人にはいつかやってくるのだと。害したりしないという決意も必要だ。…学びを得たいところです。

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