【コラム】「日常」の修行者

投稿日:2020年3月27日 更新日:

感染症とは、日本人だけではなく、人類全体がいま直面している危機です。過去より現在まで常に闘い続けています。

たとえばペスト。14世紀には「黒死病」として知られ、ヨーロッパでは5000万人以上が亡くなる原因となりました。現代においても毎年約2000人が掛かるといいます。

たとえば通称スペイン風邪。約100年前、世界中で2000~4500万人が亡くなり、日本国内でも約45万人が亡くなりました。

人間の歴史とは、感染症に打ち勝ってきた、付き合ってきた歴史です。今回も行政、団体や個人、みなが予防対策をしなければなりません。

手洗いやうがい、心を乱されないなどの心身の衛生管理。ごはんを食べて栄養をつけて、早く寝る。ふだんの生活を正しく行うことこそ予防です。

ふだんの生活を正しく行うことを修行といいます。行いを修める、で修行。私たちは「日常」の修行者なのです。そんな修行者とは、乞う者、まわりのこの世のあり様から学ぶ者です。正しく行う(仏の教えによった)人生を道といいます。

修行者には4種あるとお釈迦さまは説きます。

鍛冶工の子チュンダがお釈迦さまに質問をします。
「世間にはどれだけの修行者(乞う者)がいますか」

世尊曰く、
「4種いる。道による勝者(煩悩に打ち勝った人)、道を説く者、道に生きる者、そして道を汚す者である。」
「道による勝者とは、疑いを超えて、静けさを楽しみ、貪りや欲望を除いて、神々と含む世間とを導く人のことである。」
「道を説く者とは、この世で最上のものを最上であると知り、ここで法を説き判別する人、疑いを絶ち、不動なる聖者のことである。」
「道に生きる者とは、善く説かれた法句なる道に生き、みずから制し、念いあり、とがのないことばを奉じている人のことである。
「道を汚す者とは、善く誓戒を守っている者のふりをして、押しづよくて、家門を汚し、傲慢で、いつわりあり、自制心なく、おしゃべりで、しかも殊勝らしく行う者のことである。」
続けて言う。「学識があって聡明な在家の優れた信徒は、修行者とはこれら4種である、と知っている。彼らを洞察し、このように見ても、その信徒の信はなくならない。」
(中村元ブッダのことばスッタニパータより)

4種の修行者の記述は、気づきを与えるものです。こうしなければならない、と縛るものではありません。

1.勝者は疑いを超えている。
バスや電車で咳をしている人がいる。なんだろう、コロナウィルスにり患しているのだろうか。
そんなことを思ってしまうかもしれません。しかしこの時疑いを持つ自分自身を棚上げにしていないだろうか。感染者の多くが無症状です。
そのように思ってしまった自分を、そういうこともあると思って反省し、謝り、優しくいさめましょう。自分で自分を正しく導きましょう。

2.道を説く者は、最上を最上と知り、法を説き判別する人。
法とは、この世のあり様のこと。コロナウィルスであれば全貌が未知であり、未知なりに分かっていることはある。
また、自分の体調や感情や社会情勢とは、自分の思い通りにはならないものです。
しかし、「判断」は自分のものです。こうしようという「意志」は自分次第。誰にも左右されるものではない。
うつらない。うつさない。そのためには、意志をもって判断する。

3.道に生きる者とは、とがのないことばを奉じている人。口に出す、こころや頭に思うことばとは、自分の耳も聞いています。自分の行動は、自分の目で見ています。
怒りは怒りを呼ぶだけで、物に当たっても、うさは晴らされません。手を開き、ぽーいと捨てなければなりません。

4。道を汚す者とは、善く誓戒を守っている者のふりをして、押しづよく、家門を汚し、傲慢で、いつわりあり、自制心なく、おしゃべりで、しかも殊勝らしく行う者。
テレビのワイドショーは消します。これだけで静けさを楽しむことができる。FMラジオやクラシック音楽を流すのもいいでしょう。

 

私たちひとりひとりが感染症に打ち勝つ、正しく恐れる、うまく付き合っていく必要があります。

気がめいってしまうような日があるかもしれません。どうか心身共に、ご無事でいてください。

そして時には、自分、まわりの方々を見て4種類のうちどれに当てはまっているだろうか・・と洞察してみてはどうでしょうか。

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