謹賀新年&【コラム】少水の魚に楽しみ有り

投稿日:2026年1月1日 更新日:

あけましておめでとうございます。今年も、新年を迎えられたこと、何よりもお喜び申し上げます。年頭にあたり陽岳寺各家檀信徒の家門繁栄、子孫長久、諸災消除、万福多幸を祈念申し上げます。

令和八年正月

【コラム】少水の魚に楽しみ有り

「魚心あれば水心」ということわざがあります。魚が水を慕って必要とする心があれば、水もまた魚を優しく包み込み、育み、支える心を持つ。心と心が静かに呼び合い、応えあう美しい関係を表した言葉です。

魚は水なくしては一瞬たりとも生きられません。水は魚なくしては、ただのよどみや流れに過ぎないかもしれない。互いが互いを求め、互いが互いを満たす。そこに命の温かな循環が生まれる。縁起の法則です。

「魚心あれば水心」人々の交わりや恩返し、互いの思いやりを表すことわざですが、供養についても同様でしょう。盆暮れ正月両彼岸、お墓参りをされる時期です。故人は、あの世なのか浄土か極楽か天国からか、私たちのことを見守ってくださっている。私たちが私たちなりに自分の人生を精一杯生きている時。坐禅を組み、経を読み、お花を手向け、お香を焚き、お塔婆を立て、お布施をさせていただく――魚が水を慕うように、私たちから故人へ届ける真心のしるしです。お経の声は仏に届き、お花の香りは浄土にただよい、お塔婆の文字は功徳となり故人を讃嘆する。そしてお布施は、それらすべてを支える大切な糧です。

この現象を「回向」といいます。不思議なことですが、私たちから故人へ、そして故人からも私たちのもとへ、静かな安らぎや功徳が返ってくる。法事のあと心が少し軽くなったように感じる。ふと故人の優しい笑顔や温かな言葉が胸に浮かぶ。家族の会話が弾み、日常の歩みが穏やかになる。水が魚を優しく包み込むように、故人から私たちへの温かな応えではないか。

供養とは、一方的にこちらから届けるものではなく、心と心が静かに響き合う、双方向の交流の場なのです。魚心あれば、水心あり。私たちが真心を込めてお届けすることは、そのまま故人や仏から応えが返ってくることと同事である。それが禅の教えの透明な水の深い底部分なのです。

◆少水の魚に楽しみ有り

陽岳寺は臨済宗妙心寺派の寺院です。各宗派には、その宗派の中心となる寺院があり「本山(ほんざん)」と言います。

陽岳寺の本山である妙心寺は、かつては平安京の北西部を占める場所にありました。花園上皇が自身の御所(離宮)をお寺としたのです。

そんな京都花園 妙心寺の2人目の住職が授翁宗弼(じゅおうそうひつ)禅師。令和9年に650回忌を迎える彼が、わざわざ筆で記した言葉が『少水(しょうすい)の魚(うお)に楽しみ有り』です。

臨済宗や禅宗の僧侶たちの言動録のことを「語録」といいます。語録には生々しいやり取りが残っています。昔はテープレコーダーもありませんから、見聞きした内容を心の底に残して、文字として記すのです。

どんな時のことを語録として残されるのか?たとえば行事の時。弟子に対しての接した時。ここぞという時のことを弟子は覚えていて、記録しているのです。では、どのような言葉を発しているのでしょうか。

お経や、過去の先師たちの言動録をふまえての発言をするのです。お能や歌舞伎のように、発言の背景にテーマや有名なフレーズが透けて見えている。

授翁宗弼禅師の墨蹟(禅僧の筆跡)は「言動録」ではありませんが、『少水の魚に楽 しみ有り』も同様なようです。

影響している出典先として、以下があるでしょう。

  • この日すでに過ぎ、命もすなわち随って減ず。少水の魚の如し、ここに何の楽しみか有らん。(「是日過、命則随減、如少水魚、有何楽」法句経より)

  • 何ものかを我がものであると執着して動揺している人々を見よ。彼らの有り様はひからびた流れの少ないところにいる魚のようなものである。これを見て、「我がもの」という思いを離れて行うべきである。諸々の生存に対して執着することなしに。(スッタニパータ第四八つの詩の章777より)

このようにお経を元にしています。なお、時代が下れば、法句経に連なる経典:出曜経などにも出てくる言葉です。バトンタッチ・つながりのなかに、授翁宗弼禅師の言葉はある。

前者の文章(法句経)を、和訳します。

  • たとえ百歳を生きたとしても、いずれは死を迎えることとなる。生まれ、歳を重ね、病む(執着に囚われてしまう)、という一日が過ぎていく。日が過ぎた分だけ寿命は減っている。まるで少水のなかを泳ぐ魚のようだな。ここに何の楽しみがあるだろうか。

寿命ほど思い通りにならないものはない。事実はそうだ、と経典は示しています。

しかし波瀾万丈な人生を過ごした禅師は「楽しみがある」と記した。経典のことば(楽しみはない)をふまえて、その逆(楽しみがある)を示しています。

授翁宗弼禅師は藤原宣房の子として生まれた、と言われています。幼い頃から学問に親しみ、後醍醐天皇の忠臣であったとも。鎌倉討幕後に39歳で出家を志した後、その行方が分からなくなっており、授翁宗弼禅師が実は彼ではないかとされています。

妙心寺第一世関山慧玄禅師に参禅しており、61歳で大悟。65歳で第二世となったのでした。授翁宗弼という僧名は、関山慧玄禅師の師匠である宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)から授けられています。

授翁宗弼禅師は、昭和天皇より「微妙大師」称号を賜り、妙心寺を興隆した功績を鑑み「興祖」の尊称を加えて、興祖微妙大師(こうそ みみょう だいし)としています。令和9年3月が六百五十年遠諱です。

禅師は39歳で出家をされています。鎌倉時代の39歳とはいかばかりか推察するものの、その苦労ははかりしれません。そんな彼が、言い切った言葉です。

◆「思ったとおりだ」

少ない水を私たちが生きている狭い世界・寿命にたとえ、その水の中に住む魚が私たちだと表現している法句経。無常について示しているだけですが、この文脈に則った「少水の魚に楽しみ有り」としたらば、「無常の中で、安楽を見出す」と読むことができます。まるで「置かれた場所で咲きなさい」のような表現です。さらに、「魚心あれば水心」につなげてみれば、どうでしょうか。

生きることが簡単な人など存在しません。

それはなぜか、苦しみの形が違うから。波が大きい人もいれば、小さい人もいる。海は海でも少水か多水か?隣の芝生は青く見えてしまう。

「苦しみ」とはままならないこと。「楽しみ」とは「思ったとおり」ということです。キリスト教のアーメン、仏教でいう合掌礼拝とは、「思ったとおりだ」このことです。

「寿命とは思ったとおりにならない、とはどうしてなかなか思ったとおり」である、「楽しみ」である。そのように受け止めてみよ!生かされている自分を感謝し、目の前のいま、この瞬間を、精いっぱいに生きよ!と授翁宗弼禅師は言います。

2年前の元日に能登半島沖震災がありました。ウクライナの戦争も続いています。皆さま、反韓反中反米反露の気持ちをお持ちでしょうか。この世は、なんという少水なのでしょう。ただそれでも、改めて、この世に対し、魚心あれば水心を持ちたいものです。ぬるま湯の感情だと思いますか。毅然と対処するべき時はするけれど、少水の魚に楽しみ有り、と思わずにはいられません。(住職)

 

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