テレビ放映をご覧になった方へ

投稿日:2016年12月19日 更新日:

こんにちは。はじめまして。陽岳寺副住職、向井真人と申します。
この記事は、テレビ放映をご覧になり、陽岳寺のウェブサイトをお探しになられた方へ書いております。
お参りいただきまして、ありがとうございます。

今回仲間のお坊さんからお話しをいただき、テレビにてお寺で遊んでいる様子が放送されることとなりました。
いままでも、ゲームそのものやお寺で遊ぶ活動について取り上げられることはありましたが、きっと今回は反響が大きくなりお寺に電話がたくさん掛かってきてしまうのではないかと思い、こうして文章を残しておこうと思った次第でございます。
なお、お寺では、通常時、ボードゲーム「檀家-DANKA-」「御朱印あつめ」を販売しておりません。お電話いただいてもご希望には添えかねますのでご了承下さい。

お求め頂ける機会としては、発売元によるインターネット上での通信販売リンク:外部サイトに飛びます。そして行事のときでございます(くわしくはページ下部をご覧ください)。

それでは文章を続けます。みなさまの、もろもろの疑問を解決できましたら幸いです。

  • なぜお寺「で」ボードゲーム/遊びなのか
  • いわゆる『お寺っぽい行事』ではないことを行う理由とは
  • なぜお寺のゲーム「を」つくったのか
  • 一緒に作ってくれる仲間がいる
  • お寺ボードゲームの販売について

なぜお寺「で」ボードゲーム/遊びなのか

一文で申しますと、「社会的なしがらみから離れた安心の居場所を、みなさんと一緒に作りあげたい」からです。

お寺という場所は、家でも職場でもありません。第3の場所であるが故に、偉い/偉くないといった社会的なしがらみを離れた人間関係をはじめることができます。そこで、ここにいていいんだ、と安心できる居場所となるための工夫に“遊び”を考えました。

お寺で遊んでいるゲームは、電気を使わないゲーム、アナログゲーム・ボードゲームといいます。デジタルゲームとは違い、テレビ画面などを通さない“遊び”なので人間関係が面倒くさいかもしれません。しかし、それはつまり人と人との距離が近いということです。一緒に遊んでいる人同士、自然と会話がはずみます(「近所に住んでいるのですか?」「なぜ今日はここにいらしたのですか?」「また会いましたね」「また負けちゃいました!」)。

“遊び”とは楽しいものです。しっかりと楽しむためには、ルールを守り合う必要がありますので、場を壊してしまうようなエゴイスティックな自分にもなりにくいようです。

人との触れ合いよって心がほぐれ、“遊び”を楽しむ姿勢により自分から心を開こうとする。そんな人たちが集まることで、「社会的なしがらみから離れた安心の居場所」ができたら。

仏教やお寺とは、安心のためにあるものです。存在の不安定を感じることで人は不安になりますが、孤独に押しつぶされることは避けたいものです。お寺での集まりが安心の一助となればと活動をしております。

「お寺ゲーム部」とはインターネットでお声がけをしたり、檀家さんや地域の方などご縁のある方に対して、社会的なしがらみから離れた安心の居場所を、みなさんと一緒に作りあげたいと思ってのことです。おひとりさまも、ご家族さまも、どうぞお越しください。

お寺ゲーム部風景

上の写真:お寺ゲーム部にて遊んでいる様子です。

いわゆる『お寺っぽい行事』ではないことを行う理由とは

お寺ゲーム部。坐禅会や法話の会といったいわゆるお寺っぽい、仏教をそのままお伝えするような会・・・ではないことに疑問をお持ちになられる方がいらっしゃるかもしれません。

陽岳寺では坐禅会も行っておりますが、わたしが参加者の方々を見ていて思うことがございます。それは「皆さん、構えていらっしゃる」ということです。そして、そのように構えていらっしゃる方々は、「学んでやろう」「なにか一つ自分にとって有意義なものを手に入れたい」「お金を払ったモトを取らねば参加する意味がない」というような自分でつくった物語に自分自身が縛られていらっしゃるように見受けられるのです。

それでは安心は得られにくいのではないかと。

坐禅は安楽の法門なり。たしかに、坐禅によって、仏教によって安心を得られるでしょう。お寺は、なにかを得る場所でもあります。しかし、それと同時に、なにかを手放す場所/荷物を置いていく場所でもある。

前のめりの姿勢は大切です。有り難いことではあるのですが、その中身を見てみると“自分の思う通りのもの/欲しいものしかいらないけれど”という前置きがついていて、「やはり自分が欲しいものは無かった」とすべてを台無しにしているようです。

安心を得るならば、手放すことです。手放すためには、「心を開く」ことです。

落語会、こども食堂や寺ヨガなどの取り組みも「心を開く」ため。仏教やお寺に関係ないように見える活動は、総じて「心を開く」に重点を置いているのだと思っています。ただ「安心してください」「心を開いてください」と言われても、そう簡単に心は開けません。ではどうするか。

仏教ド直球な内容では身構えてもしまいます。ならばむしろ仏教ド直球ではない内容の方がいい。

自然と、おのずから「心を開く」には、無条件でその場所にいてもいいことが大切。ならば参加者がみんなでなにかを一緒に楽しむ内容がいい。みんなで居場所を作りあげるような会がいい。

仏教やお寺に関係ないじゃないかケシカラン!と思われる方もいらっしゃるかもしれません。もしかしたら貴方の心の中に、許したくない理由があるのかもしれませんね。拒否したいだけなのか、なにかを求めているのか。こうじゃなきゃいけない理由など存在しないようです。

なぜお寺のゲーム「を」つくったのか

お寺で遊ぶことはありますが、お寺「を」遊ぶということをしてきたお坊さんはいないかもしれません・・・。

そもそもボードゲームをつくろうと考えてはいませんでした。アイデアのひとつ、にすぎなかったものです。

お寺にいらした方へ手土産を渡したい、という考えがスタートだったように思います。手土産・・・名刺サイズやはがきサイズの法話カードはどうだろうか。しかし毎月お参りにいらっしゃる方は、毎月もらうことになる。毎月もらうことで貯まったときに楽しいことが起きたら嬉しいのではないか。

そこで考えたのがトランプでした。ただトランプは52枚と制限がございます。仏教語や法話は52枚では終わりません。なにかないかと探していたときに、キリスト教のカードゲームに出会いました。すぐに仏教側がゲームをつくっていないか調べました。誰も完成させていないことが分かり、キリスト教が用意しているならばと負けん気が起こりました。

仏教トランプ01仏教トランプ02

はじまりは負けん気ではありましたが、ゲームの利点を考えるうちに、遊んでくださる方が心を開いてお寺や仏教を自身のものにしてくれたら・・・という思いが強くなったのでした。

第1弾では、仏さまのお名前に触れて頂こうと、御朱印をゲームに(御朱印あつめ紹介ページリンク:外部サイトに飛びます、イベント価格6500円)。第2弾では、お坊さんの生活を知って頂こうと、お坊さんとなってお寺を運営していくゲームをつくりました(檀家-DANKA-紹介ページリンク:外部サイトに飛びます、イベント価格9000円)。

みなさん、ゲームによって、前のめりに、自分から、お寺や仏教の世界を自身に取り込んでいただくことができているように思います。どうしてもお寺や仏教と申しますと、お葬式など悲しいイメージがついてまわるものです。本当は、仏前結婚式など楽しいことも行っている、お仕事とはお葬式だけではないのがお寺でございます。そういった姿も知っていただきたいとゲームをおつくりいたしました。

御朱印あつめ(第2版)檀家-DANKA-

一緒に作ってくれる仲間がいる

いろいろなお寺さんがあさイチでは紹介されていましたが、それぞれに仲間がいるようです。
プロジェクションマッピングの開発チーム(同じ幼稚園出身と言われてましたね)、お守りのデザインチーム(OMAMO)、精進料理の会もくらやみご飯も、お手伝いさんがいなければ成り立ちません。もちろんご来寺される方もですが。

お寺ボードゲームは、わたし一人では完成できませんでした。一緒に作ってくれている仲間がいます。

ゲーミフィジャパンというチームです。カードゲームをつくるワークショップも行っていらっしゃいます。熱意と活動時間のある方はぜひ参加してみてください。

お寺ボードゲームの販売について

ボードゲームはお寺として販売しているわけではございません。また、お寺が販売所になっているわけでもございません。その為、「普段お寺にお越し頂いても、ボードゲームをお求めいだたけない」ということをご了承いただければと存じます。
お求め頂ける機会としては、発売元によるインターネット上での通信販売リンク:外部サイトに飛びます。そして行事のときでございます。手作りのボードゲーム即売会(たとえばゲームマーケットリンク:外部サイトに飛びます)、お寺関係のイベント(たとえば寺社フェス「向源」リンク:外部サイトに飛びます)に出展したとき、ということです。
もしくは、陽岳寺の本堂にて行われる「お寺ゲーム部」のときにお声がけいただく・・・程度でございます。

最後に、私のつくっているボードゲームは値段が値段なので“儲けようと思っているのではないか”とお考えになられる方もいらっしゃるかと存じます。しかし、ご存知だとは思いますがそもそも薄利多売の商売は儲かりません。数千、数万単位のものだとしても儲からないのに、数百個程度であればなおさらということを思い出していただければと存じます。
(ちなみに、この値段にしている理由はボードゲーム業界のためであります。安く設定すれば多くの方に遊んでいただけるので、私の目的も達成できそうなものですが、その分適当に扱われるだろうと考えました。また、ちまたの商品は安いものが多すぎます。生活者としては助かりますが、業界としては疲弊していき、win-winはどこかへ飛んでいってしまいます。ですから、流通のことなど総合的に勘案し値付けをしております。そもそも、手作り・同人ですので値付けは自由であることも付け加えておきます。)


 

長々と失礼いたしました。最後までお読み頂きまして、ありがとうございます。
もっと長い文章はございますが、お暇であればご笑覧ください。
お寺ボードゲームができるまで その1(宗教とゲームを扱う姿勢、と歴史) #お寺ゲーム
お寺ボードゲームができるまで その2(範囲の決定とゲーム化のメリット) #お寺ゲーム
なお、ポチポチによってタイトルを決定したゲームについては、来年2017年に完成予定です。

いろいろな方法で活動をしているお寺やお坊さんがいらっしゃいます。私同様、きっかけや思いがそれぞれにあるようです。ぜひ活動を見て、話しを聞いてみて、ご自身で判断なさってみてください。

坐禅会、ヨガの会、お茶会、お寺ゲーム部については、こちらのウェブサイトリンク:外部サイトに飛びます、をご参考くださいませ。ご来寺お待ちしております。

向井真人 拝

-副住職のつぶやき

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